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東京地方裁判所 平成11年(ワ)18238号 判決

原告

飯田正広

原告

小林浩司

原告

山本隆司

原告

加藤賢一

原告

内田忠幸

原告

久保田隆一

右原告ら六名訴訟代理人弁護士

徳住堅治

棗一郎

被告

須賀工業株式会社

右代表者代表取締役

吉井英輝

右訴訟代理人弁護士

山﨑和義

熊隼人

鈴木謙

主文

一  被告は、原告飯田正広に対し、金二七万七〇〇〇円及びこれに対する平成一〇年一〇月一日から支払済みまで年一四・六パーセントの割合による金員を支払え。

二  被告は、原告小林浩司に対し、金三〇万三〇〇〇円及びこれに対する平成一〇年一〇月一日から支払済みまで年一四・六パーセントの割合による金員を支払え。

三  被告は、原告山本隆司に対し、金二九万五〇〇〇円及びこれに対する平成一〇年一〇月一日から支払済みまで年一四・六パーセントの割合による金員を支払え。

四  被告は、原告加藤賢一に対し、金三二万九〇〇〇円及びこれに対する平成一〇年一〇月一日から支払済みまで年一四・六パーセントの割合による金員を支払え。

五  被告は、原告内田忠幸に対し、金三二万七〇〇〇円及びこれに対する平成一〇年一〇月一日から支払済みまで年一四・六パーセントの割合による金員を支払え。

六  被告は、原告久保田隆一に対し、金三五万七〇〇〇円及びこれに対する平成一〇年一〇月一日から支払済みまで年一四・六パーセントの割合による金員を支払え。

七  訴訟費用は被告の負担とする。

八  この判決は仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

主文第一項ないし第六項と同旨

第二事案の概要

一  本件は、被告を退職した原告らが、被告に対し、それぞれ賞与として別紙1の原告欄において自己の名前が記載された欄の賞与額欄記載の金額の金員及びこれに対する支払日の翌日である平成一〇年一〇月一日から支払済みまで賃金の支払の確保等に関する法律所定の年一四・六パーセントの割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。

二  前提となる事実

1  被告は、空気調和、給排水衛生設備の設計施工などを業とする株式会社である(争いがない。)。

2  原告飯田正広(以下「飯田」という。)は平成五年四月一日被告に入社して平成一〇年六月三〇日被告を退社し、原告小林浩司(以下小(ママ)林」という。)は平成二年四月一日被告に入社して平成一〇年七月三一日被告を退社し、原告山本隆司(以下「山本」という。)は平成五年四月一日被告に入社して平成一〇年八月三一日被告を退社し、原告加藤賢一(以下「加藤」という。)は平成八年四月一日被告に入社して平成一〇年八月三一日被告を退社し、原告内田忠幸(以下「内田」という。)は平成五年四月一日被告に入社して平成一〇年八月三一日被告を退社し、原告久保田隆一(以下「久保田」という。)は平成四年四月一日被告に入社して平成一〇年七月三一日被告を退社した(争いがない。)。

3  被告には須賀工業労働組合(以下「訴外組合」という。)があり、原告らはいずれも訴外組合の組合員であった(争いがない。)。

4  被告と訴外組合は、平成九年度下期賞与(以下「本件賞与」という。)及び平成一〇年度昇給について、平成一〇年四月一五日から同年九月二一日まで七回にわたり団体交渉を重ねた。訴外組合は同年四月一五日に行われた第一回団体交渉において本件賞与について被告の従業員の基本給と等級手当の合計額の三・〇五か月を要求し、被告は同年六月三〇日に行われた第四回団体交渉において本件賞与について被告の従業員の基本給と等級手当の合計額の一・二か月を支給すると回答し、同年八月二八日に行われた第五回団体交渉において本件賞与について被告の従業員の基本給と等級手当の合計額の一・五五か月を支給すると回答し、被告と訴外組合は同年九月二一日に行われた第七回団体交渉において本件賞与について被告の従業員の基本給と等級手当の合計額の一・五五か月を支給することで妥結した(訴外組合の本件賞与についての要求額、第四回団体交渉及び第五回団体交渉における被告の本件賞与についての回答額については〈証拠略〉。その余は争いがない。)。

5  本件賞与の支給の基礎となる勤続期間は平成九年一〇月一日から平成一〇年三月三一日までの六か月間であり、原告らはいずれも右の期間に継続して勤務した。原告らの本件賞与を計算するに当たって基準とされる原告らの平成九年の基本給及び等級手当の金額(これらの合計金額が後記9の(六)(1)にいう「基本給+役付手当」に相当する。)はそれぞれ別紙1の氏名欄において原告らの氏名が記載された欄の基本給欄記載の金額及び等級手当欄記載の金額のとおりである(争いがない。)。

6  被告と訴外組合は本件賞与の支給日を平成一〇年九月三〇日とすることを合意した。被告は右同日その従業員に対し本件賞与を支払ったが、原告らに対しては本件賞与の支給日に在籍していないという理由で本件賞与を支払っていない(争いがない。)。

7  被告の従業員就業規則(以下「本件就業規則」という。)の第三七条(賃金)には、「従業員の賃金は別に定める従業員賃金規則によりこれを支給する。」という定めがある。現行の本件就業規則は平成七年六月一日から実施されている(〈証拠略〉)。

8  被告の従業員賃金規則(以下「本件賃金規則」という。)の「第五章賞与」には、次のような定めがある(〈証拠略〉)。

(一) 第二二条(支給時期及び対象者)

賞与の支給時期は原則として毎年6月及び12月の2回とし、別段の定めのある者を除き、支給時点の在籍者に対し支給する。

(二) 第二三条(賞与の額)

(1) 毎年4月より翌年3月までの会計年度における業績に利益が生じることが確実な場合はその利益のうちから賞与を支給する。

(2) 賞与は当該期間中の各人の職位、勤怠及び考課成績等を勘案して支給する。

(三) 第二四条(細目)

賞与額の各人別査定の方法及び支給の方法等細目に関してはその都度これを定める。

現行の本件賃金規則は平成七年六月一日から実施されているが、その改正前の(昭和六二年八月一日から実施されている)本件賃金規則の二二条、二三条一項及び二四条は現行の本件賃金規則の二二条、二三条一項及び二四条と同じ内容であり、改正前の(昭和六二年八月一日から実施されている)本件賃金規則の二三条二項は「毎年10月より翌年9月までの会計年度における業績に利益を生じることが確実な場合はその利益のうちから賞与を支給する。」と定められていた(〈証拠略〉)。

9  被告の従業員賞与支給内規(以下「本件内規」という。)には、次のような定めがある(〈証拠略〉)。

(一) 第一条(総則)

当規則は従業員賞与の支給に必要な事項を定める

(二) 第二条(支給時期)

(1) 従業員賞与の支給時期は原則として、次のとおりとする

上期賞与 12月10日

下期賞与 6月10日

(2) 前項によりがたい場合は労使協議のうえ決定する

(三) 第三条(支給対象期間)

賞与の支給対象期間は、次のとおりとする

上期賞与 4月1日~9月末日

下期賞与 10月1日~3月末日

(四) 第四条(支給対象者)

従業員賞与は原則として支給日在籍者に対し支給する。

ただし、退職者の扱いは次のとおりとする

イ(ママ) 定年退職者 退職時までの月割計算により支給する

ウ(ママ) 中途退職者 結婚を理由とする者についてのみ、5月末日付退職者は下期賞与の、また11月末日付退職者は上期賞与の対象者とする

(五) 第五条(各人別賞与額の決定)

従業員各人別賞与額は、次の算式により決定する。

賞与基準給×組合員平均月数×職位係数×支店係数×勤怠係数×能力評価係数

(六) 第六条(決定要素)

前条第1項の算式中の各要素は、次による

(1) 賞与基準給 基本給+役付手当

(2) 職位係数 別に定める(ただし当分の間反映させない)

(3) 支店係数 別に定める(ただし昭和58年以降3年間は反映させない)

(4) 勤怠係数 次式による

ア 7級職以下 1.0-0.75×(欠勤日数+遅刻回数/6)/基準日数

イ 6級職以上 1.0-0.75×欠勤日数/基準日数

注(ア) 基準日数は上期・下期それぞれの所定労働日数とする

(イ) 無届出欠勤の場合、1日につき3日を欠勤日数に加算する

(ウ) 勤怠の算定期間は次による

上期 4~9月

下期 10~3月

(5) 能力評価係数 別に定める

本件内規は昭和五八年七月二五日に制定され、その後昭和五九年八月一日、平成元年五月二〇日、平成八年一二月一日にそれぞれ改定され、現在に至っており、これまで本件内規に基づいて被告の従業員に対し賞与が支給されてきた。平成元年五月二〇日に改定された本件内規においては、三条が、上期賞与は毎年四月一日から同年九月末日までを支給対象期間とし、下期賞与は毎年四月一日から翌年三月末日までを支給対象期間と定め、五条二項が、上期賞与は当年度分の仮払いとし、下期賞与で通年計算の上、精算されるものと定め、四条本文が、支給対象者については、従業員賞与は原則として上期賞与については六月支給日在籍者に対し、また、下期賞与については一二月支給日在籍者に対し支給すると定めていた(〈証拠略〉、弁論の全趣旨)。

10  被告が個々の従業員に支払うべき賞与額は本件内規五条で定められた算式によって決まるのであるが、本件内規五条で定められた賞与額を算出する算式を構成する項目のうち、組合員平均月数以外の項目については本件内規六条で定められており、組合員平均月数については被告と訴外組合との団体交渉に委ねることとされており、被告が訴外組合との間で組合員平均月数を幾らにするかについて団体交渉を重ねてこれが妥結すれば、被告は個々の従業員に賞与を支給するものとされていた。昭和六三年度下期賞与から平成九年度上期賞与までの各年度の上期賞与及び下期賞与の支給日は、別紙2の「賞与支給日」欄記載のとおりであり、平成元年度から平成九年度までの各年度の上期賞与は、平成三年度及び平成五年度を除き、毎年一二月一〇日に支給され、昭和六三年度から平成八年度までの各年度の下期賞与は、平成八年度を除き、毎年六月一〇日に支給されている。平成三年度上期賞与は、被告と訴外組合との団体交渉が妥結したのが平成三年一二月一六日であったため、同月二五日に支給された。平成五年度上期賞与は、被告と訴外組合との団体交渉が妥結したのが平成五年一二月二〇日であったため、同月二九日に支給された。平成八年度下期賞与は、被告と訴外組合との団体交渉が妥結したのが平成九年七月七日であったため、同月一八日に支給された(前記第二の二4、〈証拠略〉、弁論の全趣旨)。

11  被告の従業員七名が平成八年度下期賞与の支給に先立つ平成九年六月末日をもって被告を退職したが、訴外組合は同年七月二日午後一時から開かれた中央委員会において平成八年度下期賞与が現実に支給される日よりも前に被告を退職した従業員についても平成八年度下期賞与を支給するよう被告に要求することを決め、右同日午後三時から開かれた団体交渉において被告に対し、東京高等裁判所昭和五九年八月二八日判決(判例時報一一二六号一二九ページ)の解説記事を示し、本件はこの判決の事案と同じであると言って、平成八年度下期賞与が現実に支給される日よりも前に被告を退職した従業員についても平成八年度下期賞与を支給するよう求めた。被告は団体交渉の席上から一旦中座して検討した後に、団体交渉の席上で訴外組合に対し、同年六月末日の退職者を特例として平成八年度下期賞与の支給対象者とするお願いの文書を訴外組合から提出されるのであれば右退職者についても支給すると回答し、用意してあったお願いの文書の文案を訴外組合に渡した。訴外組合は被告の回答を受け入れることにし、その旨を被告に回答した。被告と訴外組合は同年七月三日に同月二日付けのお願い書に署名押印又は押印してお願い書(〈証拠略〉。以下「本件お願い書」という。)を完成させ、訴外組合は本件お願い書を被告に差し入れた(訴外組合が平成九年七月二日に開かれた団体交渉において前掲の判決の解説記事を示して同年六月末日に退職した者への賞与の支給を求めたこと、お願いの文書の文案を作成したのは被告であること、被告と訴外組合がお願い書が(ママ)完成させ、訴外組合がこれを被告に差し入れたのが同年七月三日であることについては争いがなく、その余は〈証拠略〉、弁論の全趣旨)。

12  本件お願い書には、「平成9年6月度賞与支給に当たっては、平成9年6月末日中途退職者を支給対象扱いとするよう特にお願い致します。本賞与以前の賞与支給に際し、賞与支給内規に従い不支給となった者に関しては、労働組合として一切異議を申し立てないと共に、万一当該不支給者から異議の申し立て等があった場合、会社と共同して責任を負います。」と書かれていた(〈証拠略〉)。

13  被告において賞与の支給期間は被告の従業員として勤務しながら本件内規において上期賞与の支給日とされている一二月一〇日以前又は本件内規において下期賞与の支給日とされている六月一〇日以前に被告を退職した者について賞与が支給されたことはこれまでに一度もない(争いがない。)。

14  本件賃金規則及び本件内規には団体交渉の妥結の遅れや被告の資金繰りなどの諸般の事情により現実に賞与が支給される日が本件内規において上期賞与の支給日とされている毎年一二月一〇日又は下期賞与の支給日とされている毎年六月一〇日より後にずれ込んだ場合に、賞与の支給日とされている毎年一二月一〇日又は毎年六月一〇日から現実に賞与が支給される日までの間に被告を退職した従業員について、賞与を支給するかどうかについて定めた明文の規定は見当たらない(〈証拠略〉)。

三  争点

1  賞与は「支給時点の在籍者に対し支給する」と定めている本件賃金規則二二条の効力について

(一) 原告らの主張

(1)ア 本件賃金規則二二条は賞与は「支給時点の在籍者に対し支給する」と定めており、本件内規四条は「従業員賞与は原則として支給日在籍者に対し支給する」と定めており、本件内規二条一項は上期賞与は一二月一〇日に、下期賞与は六月一〇日、それぞれ支給すると定めているが、被告の従業員は入社時に従業員就業規則のみを配布されているだけで、従業員賃金規定は配布されていないし、本件内規も配布されていなかった。訴外組合は以前から従業員就業規則以外のその他の従業員賃金規定などの提出を被告に求めていたが、訴外組合が平成七年六月に改定された従業員賃金規定(本件賃金規則)を被告から渡されたのは平成一一年一一月一〇日であり、それ以前は本件内規の存在しか知らなかった。

このように本件賃金規則は被告の従業員に周知されていないのであるから、本件賃金規則において賞与の支給日に被告に在籍する従業員に限り賞与を支給すると定めていること(以下ではこれを「賞与の支給日在籍要件」ということがある。)を根拠に原告らに本件賞与を支給することを拒否することはできない。

イ これに対し、本件賃金規則が被告の従業員に周知されていたことを裏付ける事実として被告が主張する後記第二の三1(二)(1)アないしウは、次の(ア)ないし(ウ)のとおり、これを裏付ける事実とはなり得ない。

(ア) 訴外組合の知る限り、賃金規則の説明を受けた者はいないし、交付もされていなかった。就業規則等は事務部長が持っているだけで一般従業員はその内容を知らない。

(イ) 平成七年六月の本件就業規則の改定は週休二日制の導入に伴って行われた改定であり、本件就業規則の改定に当たっては労使間では賞与の支給日在籍要件については全く争点とならなかったので、訴外組合内での議論も検討もなく、労使交渉においても議題にも上らなかった。意見書を提出した訴外組合の委員長は最も重要な争点である週休二日制の導入に合意するとともにその他の軽微な改定にはほとんど関心を持たず、個人の判断で意見書を提出したのであり、訴外組合も委員長個人も賞与の支給日在籍要件について同意していたわけではない。

したがって、平成七年六月には本件就業規則及び本件賃金規定を改定するに当たって当時の訴外組合の委員長から意見書が提出されているからといって、訴外組合が本件就業規則及び本件賃金規則が改定されたことを熟知していたはずであるということはできない。

(ウ) 訴外組合は平成八年度下期賞与について被告との間で団体交渉を重ねていた最中である平成九年七月二日に開かれた訴外組合の中央委員会において本件内規の問題に初めて気づき、同年六月一〇日以後の退職者に賞与が支給されない可能性があることが明らかになった。そこで、中央委員会での討議の結果、訴外組合としては平成八年度下期賞与が妥結後現実に支払われる日の前に依願退職した者に対しても賞与を支給するよう要求することを決め、同年七月二日に行われた第一五回団体交渉においてその旨を被告に要求し、前記第二の二11の経過を経て、訴外組合は本件お願い書を被告に差し入れたのであるが、本件お願い書には「平成九年六月度賞与支給に当たっては、平成九年六月末日中途退職者を支給対象扱いとする」と記載され、「本賞与以前の賞与支給に際し、賞与支給内規に従い不支給となった者に関しては」労働組合として一切異議を申し立てないと記載されていることからすれば、本件お願い書に係る合意が平成八年度下期賞与(平成九年六月度賞与)及び過去の賞与の支給のみに関する合意であり、将来の賞与については本件お願い書の中には盛り込まれていないことは明らかであって、訴外組合の執行部は本件お願い書に係る合意は今回限りの合意で将来を何ら拘束するものではないと判断して、被告の提案に譲歩したのである。なお、被告は同年七月二日に行われた団体交渉において今後中途退職者の賞与の取扱いについては訴外組合との間で協定書を取り交わしたいと申し出たが、次期賞与からの取扱いについて被告と訴外組合との間で協定は成立しなかった。

以上の経過によれば、被告が平成九年六月末日に被告を退職した従業員に対し同年七月一八日に平成八年度下期賞与を支給するに当たって訴外組合は被告に本件お願い書を差し入れているからといって、そのことから直ちに訴外組合は賞与支給日に在籍していない者には賞与の支給資格がないことを承知していたことは明らかであるということはできない。

(2) 被告において六月一〇日と一二月一〇日が賞与の支給日とされ、遅配があったとしても、六月と一二月の月内には現実に支給されていたという実績があり、このような実績からすれば、賞与は被告の従業員の賃金収入の基本的部分として従業員の年間を通じての生活を支える重要な役割を果たしてきたことは明らかであり、だからこそ被告の労使とも長い間にわたって毎年六月と一二月に賞与が支給されるよう最大限の努力をしてきたのであり、被告の従業員の生活の基盤を脅かすことがないような取扱いをしてきたのである。このような実績と慣行からすれば、被告において賞与がその支給対象期間内に従業員が提供した労務に対する賃金としての性格を有し、後払いの賃金であることは明らかである。

したがって、現実に賞与が支給される前に被告を退職した従業員でも、賞与の支給対象期間に被告に在籍していれば、賞与の支給を受けることができると解すべきであるところ、賞与の支給日在籍者に限り賞与を支給するという要件を設けることは賞与の支給日に在籍する者とそうでない者との間に賃金支給上の差別を設けることにほかならず、賞与の支給日に在籍しない者に生活上の大きな不安と経済的不利益を与えることになるのであって、賞与の支給日在籍者に限り賞与を支給するという要件は労働基準法一条の趣旨に反し、労働基準法三条の趣旨に反し、憲法二七条の理念にも反するおそれがあるから、賞与の支給日在籍者に限り賞与を支給するという要件は無効である。

以上によれば、本件賃金規則二二条は無効であるというべきである。

(二) 被告の主張

(1) 次のアないしウの事実によれば、本件賃金規則が被告の従業員に周知されていることは明らかである。

ア 本件就業規則及び本件賃金規則は被告の事務部長がこれを保管し、被告の従業員が閲覧しようと思えばいつでも見られるような状況においており、また、新入社員に対しては本件就業規則本則を交付するとともに賃金規則などの規則類について概要説明を行っている。

イ 本件就業規則及び本件賃金規則はいずれも平成七年六月一日から実施されているが、就業規則の改定には従業員代表の意見を聴く必要があることから、被告は改定された本件就業規則案と本件賃金規則案を一体のものとして交付し、同年七月二八日付けで訴外組合の委員長から意見書を得ており、訴外組合が本件就業規則及び本件賃金規則に改定があったことを知っていたことは明らかである。また、訴外組合の委員長が意見書を出す以上、これを訴外組合内部で十分検討したはずであるから、原告らを含む訴外組合の組合員が本件就業規則及び本件賃金規則の改定についてその内容を十分知っていたことは明らかである。

ウ 本件お願い書の記載内容からすれば、被告においては賞与の支給対象者は賞与支給日に在籍していることが要件とされていることを前提に、例外的に平成九年六月末日の中途退職者に対し平成八年度下期賞与を支給することとしていることは明らかであり、そのことは訴外組合も承知していたことは明らかである。

(2) 労働者の賞与はその所定の要件や基準が満たされることによって初めて具体的請求権として確定するのであり、それによって初めて使用者は支払義務を負うのである。したがって、賞与の支給日前に退職した労働者は使用者に対し賞与の支払を請求する具体的請求権は有しておらず、使用者はその支払義務を負わないはずである。また、判例や学説においては、就業規則に賞与はその支給日に在籍する者についてのみ支給されるという明文の規定や慣行がある場合、支給日前に退職した労働者には賞与の受給権はないという見解が一般的である。

2  本件賞与の金額について

第三当裁判所の判断

一  争点1(賞与は「支給時点の在籍者に対し支給する」と定めている本件賃金規則二二条の効力)について

1  本件賃金規則二二条は被告の従業員に対する周知がされていないという理由で無効であるかどうかについて

前記第二の二7及び8の各事実、(証拠略)及び弁論の全趣旨によれば、本件就業規則が三七条において「従業員の賃金は別に定める従業員賃金規則によりこれを支給する。」と定めていることからすれば、被告の従業員の賃金について定めた本件賃金規則は本件就業規則と一体のものというべきであること、本件就業規則及び本件賃金規則は平成七年六月一日から実施されているが、被告は同年五月三一日付けで訴外組合に対し従業員代表として改定された本件就業規則及び本件賃金規則について意見を求め、訴外組合の委員長であった大西貴英は同年七月二八日付けで被告に対し従業員代表として本件就業規則及び本件賃金規則の改定について意見書を提出していること、被告は右同日付けでこの意見書とともに改定した本件就業規則及び本件賃金規則を三田労働基準監督署長に届け出て、同署長は右同日をもってこの届出を受け付けたこと、被告は本件就業規則及び本件賃金規則の改定後に被告に入社した従業員に対しては本件就業規則を配布していたが、本件賃金規則は配布していなかったこと、被告は本件就業規則及び本件賃金規則を改定する前から被告に在籍していた従業員に対しては本件就業規則も本件賃金規則も配布していなかったこと、本件就業規則及び本件賃金規則は被告の事務部長がこれを保管していたことが認められ、この認定に反する証拠はない。

右の事実によれば、被告は平成七年六月一日から実施された本件就業規則及び本件賃金規則の改定に当たって労働基準法九〇条に基づいて労働者の過半数で組織する労働組合として訴外組合に対し意見を聴き、訴外組合の委員長の意見書を添付して所管行政庁に届け出ているのであるから、仮に被告において労働基準法一〇六条一項所定のじ後の周知方法を欠いていたとしても、それを理由に本件就業規則及び本件賃金規則自体の効力を否定する理由にはならないものと解するのが相当である(最高裁昭和二七年一〇月二二日大法廷判決・民集六巻九号八五七ページ)。

そうすると、被告においては、本件就業規則及び本件賃金規則の改定後に被告に入社した従業員に対し本件賃金規則を配布せず、本件就業規則及び本件賃金規則を改定する前から被告に在籍していた従業員に対しては本件就業規則も本件賃金規則も配布せず、被告の事務部長が本件就業規則及び本件賃金規則を保管していたというのであるが、仮にこれでは本件就業規則及び本件賃金規則について労働基準法一〇六条一項所定のじ後の周知方法を欠いているとしても、それを理由に本件就業規則及び本件賃金規則が無効であるということはできない。

2  賞与の賃金としての性格に照らし本件賃金規則二二条が労働基準法一条及び三条の趣旨に反し、憲法二七条の理念にも反して無効であるかどうかについて

(一) 本件賃金規則と本件内規との関係について

本件賃金規則は二二条ないし二四条において賞与に関する定めを置くとともに、昭和五八年七月二五日に作成された本件内規は被告の従業員に対する賞与の支給に必要な事項を定めているが、本件賃金規則二二条ないし二四条(前記第二の二8)と本件内規二条ないし六条(前記第二の二9)を対比すると、本件内規二条は本件賃金規則二二条で定められた支給時期である六月及び一二月中の特定の日に賞与を支給するが、その日に賞与を支給することができないときは労使協議の上で賞与を支給する日を決定することを定めた規定であること、本件内規三条は賞与の支給回数を二回とすることを定めるとともに二回に分けて支給される賞与が本件賃金規則二三条一項で定められた会計年度のうちどの時期を対象とするかを明らかにした規定であること、本件内規四条は本件賃金規則二二条で定められた支給対象者を確認するとともに本件賃金規則二二条にいう「別段の定めのある者」を明らかにした規定であること、本件内規五条及び六条は本件賃金規則二四条にいう「賞与額の各人別査定の方法」を明らかにした規定であることは、いずれも明らかである。

右の事実によれば、本件内規は賞与に関して定めた本件賃金規則の内容を具体化し、賞与の支給に関する内部的、手続的な事項を定めた規定であるというべきである(もっとも、本件賃金規則二二条が「賞与の支給時期は原則として毎年6月及び12月の2回とし、別段の定めのある者を除き、支給時点の在籍者に対し支給する。」と定めている(前記第二の二8(一))にもかかわらず、本件賃金規則には「別段の定め」に当たる規定が見当たらないことからすると、被告は本件賃金規定の作成の際に本件賃金規則以外に賞与の支給について定めた規定を別途作成することを予定していたものと考えられるところ、本件内規四条ただし書は、その内容に照らせば、本件賃金規則二二条にいう「別段の定めのある者」について定めた規定であるものと考えられ、そうであるとすると、本件内規は本件賃金規則と一体のものであるといえなくもない。)。

(二) 被告における賞与の支給手続について

(1) 賞与に関する現行の本件賃金規則をこれを具体化したものというべき現行の本件内規と一体のものとしてみるならば、被告が個々の従業員に支払うべき賞与は、被告の会計年度である四月から翌年三月までを四月一日から九月末日までと一〇月一日から翌年三月末日までの二つに分けて支給することとし、これらを賞与の支給対象期間として支給対象期間中における個々の従業員の職位、勤怠及び考課成績などを職位係数、支店係数、勤怠係数及び能力評価係数に置き換え(ただし、本件内規六条によれば、職位係数は当分の間は勘案しないこととされ、支店係数及び能力評価係数は別に定めることとされている。)、かつ、被告の業績を勘案して組合員平均月数を決め、これらを個々の従業員の賞与基準給(本件内規六条によれば、基本給に役付手当を加えたものであり、本件賞与について言えば、平成九年度の基本給及び等級手当の合計である(前記第二の二5)。)に乗じることによって、支給額が具体的に確定されるものであるということができる。

そして、本件内規五条で定められた算式を構成する項目のうち組合員平均月数のみが被告と訴外組合との団体交渉に委ねることとされている(前記第二の二10)が、組合員平均月数以外の項目については支給対象期間が経過すれば被告において確定させることができるのであって、結局のところ、被告が個々の従業員に支払うべき賞与額は本件内規五条で定めた各人別の賞与額の決定方法を前提として被告と訴外組合との団体交渉において組合員平均月数が妥結して初めて具体的に確定するものというべきである。

(2) 本件就業規則二二条が「賞与の支給時期は原則として毎年6月及び12月の2回とし、別段の定めのある者を除き、支給時点の在籍者に対し支給する。」と定めていることからすれば、本件賃金規則二二条においては、被告は毎年六月中のいずれかに定められる支給日に被告に在籍する従業員と毎年一二月中のいずれかに定められる支給日に被告に在籍する従業員にそれぞれ賞与を支給することにしたものと解されること、しかし、本件賃金規則二二条を具体化した本件内規二条一項は、本件賃金規則二二条において毎年六月中のいずれかに定めるとされた支給日を六月一〇日と定め、本件賃金規則二二条において毎年一二月中のいずれかに定めるとされた支給日を一二月一〇日と定めていること、本件内規二条二項が「前項によりがたい場合は労使協議のうえ決定する」と定めていることからすると、被告が本件内規二条一項に定めた支給日に賞与を支給することについては訴外組合も了解しており、そのため被告の一方的な判断だけで賞与の支給日を変更することは困難であることから、本件内規二条二項が設けられたものと考えられ、そうであるとすると、被告も訴外組合も本件賃金規則二二条にいう「支給時点」とは原則として毎年六月一〇日及び毎年一二月一〇日であることを了解していたものと考えられること、以上の点にかんがみれば、本件内規が本件賃金規則と一体のものであるかどうかは別として、被告も訴外組合も、被告において下期賞与は毎年六月一〇日に支給されることが予定され、上期賞与については毎年一二月一〇日に支給されることが予定されていることを了解していたものと認められる。

(三) 本件賃金規則二二条の合理性について

(1) 被告は本件賃金規則の二二条ないし二四条において賞与に関する規定を定めた上、賞与に関する本件賃金規則を具体化して賞与の支給に関する内部的、手続的な事項を定めた本件内規を昭和五八年七月二五日に作成し、以後はこれに従って従業員に賞与を支給し続けてきたのであり(前記第二の二9、第三の一2(一))、本件賃金規則二二条ないし二四条及び本件内規によれば、賞与の支給基準は一応明確にされているといい得ること、本件賃金規則二三条によれば、賞与の支給に当たっては毎年四月から翌年三月までの会計年度中の従業員の勤怠を勘案するものとされており(前記第二の二8(二))、本件内規六条によれば、従業員の勤怠は勤怠係数に置き換えられ、勤怠係数においては従業員の欠勤日数や遅刻の回数は従業員の賞与を減額する要素とされており(前記第二の二9(六))、このことからすると、賞与は支給対象期間中に従業員が被告に提供した労働の量に左右されるといい得ること、以上の点にかんがみれば、被告の従業員は本件就業規則の一部をなすものともいうべき本件賃金規則二二条ないし二四条において賞与に関する定めがあることを根拠に被告に対し賞与の支払を求める請求権を有するものと解されるとともに、被告が従業員に支給する賞与は労働基準法一一条にいう労働の対償としての性格を色濃く有するものということができ、賞与は支給対象期間が終了してから二か月余りが経過して支給されることからすると、被告が従業員に支給する賞与にはいわば賃金の後払いという側面があるものというべきである。

(2) しかし、被告が従業員に支給する賞与には賃金の後払いという側面があるとはいっても、被告が個々の従業員に支給すべき賞与額が具体的に確定するまでには前記第三の一2(二)(1)で認定した経過を経ることからすれば、個々の従業員が被告に対し賞与の支払を求めることができるのは、被告が本件内規五条で定められた賞与額を算出する算式を構成する項目のうち組合員平均月数以外の項目を確定させ、被告と訴外組合との団体交渉が妥結して組合員平均月数が確定し、もって被告が個々の従業員に支給すべき賞与額が確定した後のことであって、そうであるとすると、被告が、以上のような経過を踏まえて、支給対象期間に被告の従業員として勤務した従業員のすべてに賞与を支給することとはせず、例えば、本件賃金規則において賞与の支給日と定めた特定の日に被告に在籍する従業員にのみ賞与を支給すると定めたとしても、そのような定めをすることが不合理であるとは一概にはいえない。

(3) そして、被告において下期賞与の支給が予定されている日にちは毎年六月一〇日、上期賞与の支給が予定されている日にちは毎年一二月一〇日であり(前記第三の一2(二)(2))、被告において賞与の支給期間は被告の従業員として勤務しながら上期賞与の支給が予定されている一二月一〇日以前又は下期賞与の支給が予定されている六月一〇日以前に被告を退職した者について賞与が支給されたことはこれまでに一度もない(前記第二の二13)のであって、本件における全訴訟資料及び全証拠資料に照らしても、訴外組合又は被告の従業員が下期賞与の支給が予定されている六月一〇日、上期賞与の支給が予定されている一二月一〇日に在籍していない者について下期賞与、上期賞与が支給されないことについて格別異議を述べていたことはうかがわれないことからすると、少なくとも被告において下期賞与の支給が予定されている毎年六月一〇日、上期賞与の支給が予定されている毎年一二月一〇日に、それぞれ被告に在籍している従業員に対してのみ下期賞与、上期賞与を支給することは被告の慣行であるといえるのであって、このことも併せ考えれば、本件賃金規則二二条にいう「支給時点の在籍者」とは、下期賞与の支給が予定されている毎年六月一〇日、上期賞与の支給が予定されている毎年一二月一〇日に、それぞれ被告に在籍している従業員を意味するものと解され、そのような意味である限りは下期賞与、上期賞与の支給対象者を「支給時点の在籍者」に限るとすることには合理性があるものと認められる(最高裁昭和五七年一〇月七日第一小法廷判決(裁判集民事一三七号二九七ページ)及びその原審である大阪高裁昭和五六年三月二〇日判決(労働判例三九九号一二ページ)を参照)。

(4) これに対し、現実に賞与が支給される日が団体交渉の妥結の遅れや被告の資金繰りなどの諸般の事情により本件内規において支給日と定めた特定の日より後にずれ込むことも考えられない事態ではないが、そのような場合に現実に賞与が支給される日がいつになるかについては賞与の支給日が後にずれ込む原因となった諸般の事情に左右され、現実に賞与が支給される日をあらかじめ特定しておくことは事実上不可能であって、そのような場合についても、賞与の支給対象者を本件内規において賞与の支給日と定めた特定の日に被告に在籍する従業員ではなく、現実に賞与が支給された日に被告に在籍する従業員とすることは、本件賃金規則二二条ないし二四条により賞与請求権を取得した者の地位を著しく不安定にするもので、合理性があるとは言い難い。

その上、被告において現実に下期賞与、上期賞与が支給される日が、それぞれ団体交渉の妥結の遅れや被告の資金繰りなどの諸般の事情により下期賞与の支給が予定されている毎年六月一〇日、上期賞与の支給が予定されている毎年一二月一〇日より後にずれ込んだ場合に、下期賞与の支給が予定されている毎年六月一〇日、上期賞与の支給が予定されている毎年一二月一〇日から、それぞれ現実に下期賞与、上期賞与が支給される日までの間に被告を退職した従業員について、現実に下期賞与、上期賞与が支給される日に在籍していないという理由で下期賞与、上期賞与の支給が受けられなかった件はこれまでに一度もなかった(前記第二の二10、11)というのである。そして、訴外組合は平成八年度下期賞与が本来の支給日である平成九年六月一〇日ではなく同年七月一八日に支給されるに当たって「平成9年6月度賞与支給に当たっては、平成9年6月末日中途退職者を支給対象扱いとするよう特にお願い致します。本賞与以前の賞与支給に際し、賞与支給内規に従い不支給となった者に関しては、労働組合として一切異議を申し立てないと共に、万一当該不支給者から異議の申し立て等があった場合、会社と共同して責任を負います。」と書かれた本件お願い書を被告に差し入れている(前記第二の二11、12)が、訴外組合は平成九年七月二日午後三時から開かれた団体交渉において被告に対し、東京高等裁判所昭和五九年八月二八日判決(判例時報一一二六号一二九ページ)の解説記事を示し、本件はこの判決の事案と同じであると言って、平成八年度下期賞与が現実に支給される日よりも前に被告を退職した従業員についても平成八年度下期賞与を支給するよう求めたところ、被告は団体交渉の席上から一旦中座して検討した後に、団体交渉の席上で訴外組合に対し、同年六月末日の退職者を特例として平成八年度下期賞与の支給対象者とするお願いの文書を訴外組合から提出されるのであれば右退職者についても支給すると回答し、用意してあったお願いの文書の文案を訴外組合に渡したので、訴外組合は検討の結果被告の回答を受け入れることにし、その旨を被告に回答して本件お願い書を完成させて被告の(ママ)交付したのであって、このように本件お願い書は被告が作成した文案をそのまま用いて作成されたものであること(前記第二の二11)からすれば、訴外組合が本件お願い書を差し入れたからといって、そのことだけでは現実に下期賞与、上期賞与が支給される日に被告に在籍する従業員(仮に現実に下期賞与、上期賞与が支給される日が団体交渉の妥結の遅れや資金繰りなどの諸般の事情により下期賞与の支給が予定されている毎年六月一〇日、上期賞与の支給が予定されている毎年一二月一〇日より後にずれ込んだ場合にはそのずれ込んだ日に被告に在籍する従業員)に対してのみ下期賞与、上期賞与を支給することが被告の慣行であったとはいえないのである。

そうすると、被告が、本件賃金規則二二条にいう「支給時点の在籍者」とは、現実に下期賞与、上期賞与が支給される日に被告に在籍する従業員(仮に現実に下期賞与、上期賞与が支給される日が団体交渉の妥結の遅れや資金繰りなどの諸般の事情により下期賞与の支給が予定されている毎年六月一〇日、上期賞与の支給が予定されている毎年一二月一〇日より後にずれ込んだ場合にはそのずれ込んだ日に被告に在籍する従業員)を意味するものとして本件賃金規則二二条を設けたとしても、本件賃金規則二二条にいう「支給時点の在籍者」を右のように解することはできない(最高裁昭和六〇年三月一二日第三小法廷判決(労働経済判例速報一二二六号二五ページ)及びその原審である東京高裁昭和五九年八月二八日判決(判例時報一一二六号一二九ページ)を参照)。

(四) 以上によれば、下期賞与、上期賞与が支給される者とは下期賞与の支給が予定されている毎年六月一〇日、上期賞与の支給が予定されている毎年一二月一〇日に、それぞれ被告に在籍している従業員であり、したがって、従業員が下期賞与の支給が予定されている毎年六月一〇日、上期賞与の支給が予定されている毎年一二月一〇日に、それぞれ被告に在籍していれば、たとえ現実に下期賞与、上期賞与が支給されるのが下期賞与の支給が予定されている毎年六月一〇日、上期賞与の支給が予定されている毎年一二月一〇日より後になったとしても、その従業員は下期賞与、上期賞与の支給を受けることができると解される。

本件賃金規則二二条は右の趣旨を定めたものと解する限りは、労働基準法一条や三条の趣旨に反し、憲法二七条の理念にも反するおそれがあるものとして無効であるということはできない。

二  争点2(原告らの本件賞与の金額)について

賞与の金額は、賞与基準給(基本給及び等級手当の合計金額)に組合員平均月数、職位係数、支店係数、勤怠係数及び能力評価係数を乗じて得られる金額である(前記第二の二5、9(五))ところ、本件賞与の基礎となる原告らの基本給及び等級手当の金額はそれぞれ別紙1の氏名欄において原告らの氏名が記載された欄の基本給欄記載の金額及び等級手当欄記載の金額のとおりであり(前記第二の二5)、(証拠略)及び弁論の全趣旨によれば、原告らの職位係数、支店係数、勤怠係数及び能力評価係数はそれぞれ別紙1の氏名欄において原告らの氏名が記載された欄の職位係数、支店係数、勤怠係数及び能力評価係数の各欄記載の数値のとおりであると認められるから、原告らの本件賞与の金額はそれぞれ別紙1の氏名欄において原告らの氏名が記載された欄の賞与額欄記載のとおりであると認められる。

そして、本件賞与が労働基準法一一条にいう労働の対償としての性格を色濃く有するものということができること(前記第三の一2(三)(1))に照らせば、被告は本件賞与の遅延損害金として賃金の支払確保等に関する法律六条一項に基づき本件賞与の支払日の翌日である平成一〇年一〇月一日から支払済みまで年一四・六パーセントの割合による遅延損害金の支払義務を負うというべきである。

三  結論

以上によれば、原告らの本訴請求はいずれも理由がある。

(裁判官 鈴木正紀)

別紙1 平成9年度下期賞与計算書(平成10年夏季支給分)

〈省略〉

別紙2 賞与支給日と不支給者

〈省略〉

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